<つづき>
前回は、童貞達の股間にバッチリアッピールしてくるタイプの映画、「童貞チンポ系映画」について言及しましたが、今回はエロとはちがったベクトルから童貞の心をガッチリ掴んで離さない「童貞ノイローゼ系映画」について。
このジャンルの映画のキーワードはただ一つ「若気の至り」です。童貞チンポ系の方は、観ている童貞の側にも「しょせんエロ」という認識が多少なりともあるので、結局のところはただのオカズに過ぎないのですが、「童貞ノイローゼ系映画」これはかなり危険です。要するに子供と大人の狭間で悶々としている童貞期の少年が抱きがちな、「大人は汚い!」とか「社会が悪いんだ!」みたいな反抗心を、わかりやす~~く発露してくれる映画のことなんですが。これをストレス解消的な意味合いで観てる分にはいいんですがねぇ、いかんせん何にでもお安く影響されてしまいがちなお年頃……。映画でやってることをそのままストレートに受け止めちゃって、童貞を実生活であらぬ方向に突っ走らせてしまうほど影響を及ぼしかねないパワーを持っているのです。
まあそういう意味では「エデンの東」なんかもこのジャンルと言えなくはないですが、とりあえず非常に分かり易い例として「ぼくらの七日間戦争」について語りたいと思います。今観ると「なんじゃこりゃ」な、ただの珍奇映画なんですが、セイシュン催眠にガッツリかかっていた中学生の頃の北村少年はそれはそれは感銘を受けましてねぇ……。「反学校体制」「子供だけの解放区」「大人たちと戦争」……まあ、これだけキーワードが揃えば、田舎のバカ中学生を狂わせるには充分ですしょう。もうなんかあまりにも興奮して、
「ウオオオオオオオッッ! こんな束縛された学校セイカツなんかくそくらえ!」
みたいなモードに入って、よくわかんないけど、とりあえず私服で学校に行って、先生と闘ってみたりとかしてました……。……ハズカシイ……。
その後、映画にこれだけガッチリはまってしまったオレは、お約束の流れとして、宗田理の小説「ぼくらの七日間戦争」の方にも向かって行ったんですが、実はオレが興奮してた映画の方はかなり童貞向けに脚色されており、原作である小説の方はどっちかというと全共闘を現代に置き換えて……的な割と硬派な内容で、戦車も出てこなきゃ、宮沢りえも出てこないという、あまり童貞向けの内容ではなく、ガッカリした覚えがあります。
ちなみに宗田理は、この映画のヒットに気をよくし、小説「ぼくらの七日間戦争」での全共闘的思想はどこへやら、映画の方の「ぼくらの七日間戦争」の続編的小説を「ぼくら」シリーズとしてガンガン書きまくり、一気に童貞向け小説家へと転身していったとさ……。
投稿者 北村ヂン :
2003年05月25日 01:27 | トラックバック
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