<つづき>
ネットアイドルの話の続き。
ネットアイドルにも何種類かありまして、大まかに、マジでこれをステップに芸能界入りしてやろうという立身出世タイプと、ネットにゴッツリはまっちゃって、そのネットジャンキーをこじらせちゃった結果、自分のサイトを持つまでに至ったタイプに分けられると思うんですよ。前者の場合はまあ「将来はちゃんとした女優に……」とかぬかしてるAV嬢と同じで、実際にネットアイドルから一線の芸能人になったっている例を聞いたことがないので、方法論として正しいのかどうかはともかくとして、基本的にはスカウトキャラバンとかのフツーのオーディションを受けるっていうことの一環としてネットアイドルという売り込み方法を取っているだけなんで、顔は置いといて(多分)フツーの女の子が多いんじゃないかな~、と思います。んで、先述の番組で取り上げられてた珍面ちゃんの場合はモロ後者だったんですが、こちらの場合はなかなか根が深く……。このテの女の子って基本的に心のスキマを埋める作業としてのネットアイドル活動である場合が多く、それ故にこのタイプは「なぜ?」と思ってしまうような過剰なサービスに至るのではないかと思われます。コスプレとかするのも完全にこっちのタイプですね。
ハイ、ここで本題。このテのコスプレ・おたく系ネットアイドルに走ってしまう女の子が抱える心の闇とは……やっぱり「同性の友達がいない」とかなんだと思います。……う~ん、やはり人を珍奇な行動へと駆り立てるにあたって「孤独」っていうのは非常にビッグな要因になると思うんですよ。ま、これはオレの勝手な分析なんですが、同性の友達がたくさんいるコスプレ・おたく系ネットアイドルってあんまいないんじゃないかな? だって友達が、美少女ゲームだったり、漫画の美少女キャラだったりという、まあいわゆる童貞のチンポにガツンとくるタイプのキャラクターをモチーフとしたコスプレをして、童貞の性的欲求を満たすタイプのポーズの写真をホームページで晒して、サイトのヒット数を稼ぎ、それで「ネットアイドル」気分満点になってたら、女友達ならフッツーは止めるでしょ!? 逆に女友達がいたとしても、この、まあ一般層から見たら非常にイタイ行為を止めてくれるほどの深い仲の人はいないとも言えますわな。
そんで、この問題をさらに根深いものにしているのが「男友達」の存在。このテの女の子って同性の友達は全然いないにも関わらず「男友達(一応)」はすごいたくさんいんのね。ただ、ここでの「男友達」っていうのは、普通の意味での「男友達」とは若干ニュアンスが違って、彼らは彼女にとって、男友達であり、ファンであり、取り巻きであり、ストーカーでもあり……、そんで最終的にはその中の誰かと付き合っちゃったりっちゅ~ケースとかも多いと思うんですが……要は友達のいない彼女にとって、この「男友達」って世界の全てなんですよ。で、この男達は「彼らが好きなキャラクターのコスプレをしている彼女」「彼らのエロリクエストに応えてくれる彼女」を求めているのであって、ここに「人との触れあい」を求める女の子と、おたく的妄想を実体化してくれる女の子と求める男との間に絶妙のギブアンドテイク関係が築かれるわけですね。同性からは、いてもいなくてもいい存在であった彼女がネットでコスプレ写真を晒すことにより、初めて他人から求められ、認められ、存在価値を見いだすことができた。そりゃ~「これこそ私の生きる道」とか勘違いしてもしょうがないよね~。
つまりネットアイドル活動をして、ファン(……というか男友達というか、取り巻きというか……)が自分についてくるという事実のみが、彼女にとって唯一の世間との接点であり。それ故ネットアイドル活動が何らかの利益を生んでいる訳じゃないのに、自腹を切ってまでファンにサービスしてしまなどという訳の分からない行動にまで走らせてしまうんだろうな~~。
ん~~、なんか書いててよくわかんなくなってきましたが、要はみんな自分の存在を認めて欲しいんだよな~。人の活動の大部分は自分の「アイデンティティー」を保つためだと思うんですよね。「これをやんなきゃ会社のなかでの存在価値がなくなる」とか「仲間内での存在価値がなくなる」とか思う気持ちこそが、色んなことをやる原動力になってるんじゃないですかね。本当に他人と関わらず、一人で生きて、誰に知られることもなく、自分のアイデンティティーを保ち続け何かを作り上げることが出来る人がいたら本当にスゴイと思うよ。……まあ、いないよな~。
ちなみにあんま関係ないですが、みうらじゅん先生のあの名作「アイデン&ティティ」が映画化されるんだそうな。監督は田口トモロヲ、脚本は宮藤官九郎、主演は元ゴイステの峯田くん……ん~~なんかすごそう……。
投稿者 北村ヂン :
2003年04月07日 00:40 | トラックバック
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